| ヒトラー 独裁者の魅力++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ヒトラー 独裁者の魅力 | |
”偉大なる総統閣下”アドルフ・ヒトラー Adolf Hitler |
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| ■『意志の勝利』とレニ・リーフェンシュタール | ”意志の勝利” |
非ユダヤの化の遂行によって多くの有能なユダヤ人芸術家や俳優、映画監督が亡命するなか、ヒトラーによって見出され、NSDAP最大のプロパガンダ映画「意志の勝利(Triumph des Willens)」を監督したのがレニ・リーフェンシュタール(Leni Riefenstahl)である。この映画は1934年9月5日から開催されたニュルンベルクでの第6回党大会の記録である。1935年4月5日にドイツ全国70都市で封切られ、史上最高の観客動員数を達成した。以下はこの映画の簡単な内容である。 1.ヒトラーの到着 2.国防軍軍楽隊演奏 3.開会の前:@ニュルンベルク市街を見渡すAテントのシーンB民族衣装行列 C労働者、SAにヒトラー会うDホテル「ドイツ宮」からのヒトラーの会場へ向けての出発。 4.党会議開会 5.党各組織指導者演説 6.労働奉仕団 7.ラングヴァッサーでのSA集会 8.ヒトラーユーゲント 9.国防軍演習 10.党政治活動者 11.SAとSS(親衛隊) 12.中央広場での各組織行進 13.大会最終会議 ゲッペルスは映画を毎日見て、映画の宣伝効果に非常に執心していた。リーフェンシュタールとゲッペルスとは後に関係が悪化、最初の監督作品「信念の勝利」を撮ってからは、もう撮る気はなかったがヒトラーに説得*されてこの映画を監督するようになった。後にはベルリンオリンピックを撮影した「オリンピア」(第一部民族の祭典 第二部美の祭典)を撮る。 *ヒトラーは彼女にこう言って説得した。 「わたしは退屈な党大会映画や週間ニュース映画など欲しくない。芸術的映像ドキュメントを望んでいるのです。党のその方面の人間にはこれが分からない。あなたは『青の光』でその能力を証明したではありませんか。」 ![]() レニは戦後一時連合軍に拘留されるが釈放され、現在も高齢ながらかくしゃくとしている。1993年にレイ・ミュラー監督「レニ 映像の力 リーフェンシュタール」でこう語っている。 「わたしが何の罪を犯したというのでしょう。あの当時国民の90%がヒトラーに熱狂していたんです。ナチスは合法政党だったんです。はっきり言いますが。わたしはナチスの党員でもなかったし反ユダヤ的だったこともありません。」彼女は自分の過ちについてはほとんど謝罪していないが、いかにも彼女らしい。 戦後は全ての財産を没収され、、ナチスの協力者として貧困生活に耐え、一時アフリカに渡っていたこと(ヌバ族の撮影)もあった。1977年のミュンヘンオリンピックにおいて、「オリンピア」が再上映されて本格的に再評価されるようになる。 *写真は1977年来日時のもの。 |
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| ★《あなたの心の鉤十字(ハーケンクロイツ)をもっと正直に認め、堕落から解放されなさい》★ | |
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